不可視のヴァーチュオーソ
ケルヴランが生物学的元素転換の概念を提唱したのは1960年であり、P・バランジェが植物による元素転換の研究を開始したのは1955年に遡られる。 だがそれ以前に自然界における元素転換反応の実在を主張した科学者がいた。それはフランスの高名な地質学者のG・シューベルである。
ケルヴランの著作『地質学における微量エネルギー元素転換』には、パイロープ高圧プレス実験の共同研究者としてG・シューベルの名前が出てくるのでケルヴランの追従者と誤解している人もいるかもしれないが、それはケルヴランの文脈に過ぎない。
G・シューベルが花崗岩化作用における原子核パリンジェネシスの概念を提起したのは、これまでの調査で1947年であることが判明している。そしてその後30年以上にわたって、様々な論文の中で地質学におけるフリタージュ反応の可能性を考察しているのである。このたぐい稀な地質学者こそが最初に刀を振りかざし、そして最後に勝利を収めるヴァーチュオーソである。
はたして彼が提唱した原子核パリンジェネシスの本質とは何か。そしてG・シューベルの孤高の闘いとはいかなるものだったのかを今後検証していきたいと思う。
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