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2018/06/26

フリタージュの実験的課題

フリタージュ反応のもう一つの公理、それは「元素転換反応はその生物にとって必要不可欠なプロセスとして生じる」というものである。ここで注意してもらいたいのは、フリタージュ反応は必ずしも必要な元素を生み出すためだけではなく、反応プロセスそのものに意味があるということである。

これについてはいずれ生物学的アノテーションの問題として検討したいと思うが、メスバウアー実験にこの公理を当てはめると、元素転換反応が生じたのは細胞内の鉄濃度を上昇させるためであると考えることができる。

問題はそれがどのような形で生じたのかということだが、シデロフォアのレギュレーターのFurは鉄分欠乏の危機を把握していたはずである。大腸菌は最適な培養条件では20分で細胞分裂を繰り返すことができるが、鉄分がなくなると細胞分裂が停止するという最悪の事態に陥ることになる。

この危機的状況においてFurはフリタージュという最後の切り札を使うために、マンガンのレギュレーターであるMntRに何らかのフィードバックシグナルを送っているはずである。
MntRはマンガントランスポーターの遺伝子を制御しているレギュレーターであり、Mn+d=Fe57という転換反応に重要な役割を果たしていると考えてよい。このFurとMntRのレギュレーター間のシグナルを検出することが、フリタージュ反応の実体的なメカニズム解明の第一歩になるだろう。

しかしながら現代の分子生物学では金属応答レギュレーターが相互にシグナルを送受信するという事実を示す研究例は報告されていない。元素転換反応のメカニズムを明らかにするためには、このような実験的課題をクリアする必要があるのである。

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2018/06/19

シデロフォアの遺伝子クラスター

メスバウアー実験に使用された培養基には鉄分がほとんど含まれていなかった。そのため大腸菌も酵母もシデロフォアを合成して鉄イオンを獲得しようとしたはずである。

ちなみに大腸菌はエンテロバクチン、酵母はフェリクロームというシデロフォアを生合成するが、エンテロバクチンはカテコール型であり、フェリクロームはヒドロキサム酸型である。つまり大腸菌と酵母のシデロフォアを合成する遺伝子クラスターにはゲノム的相同性はないものと考えられる。

大腸菌の環状染色体にコードされているエンテロバクチンの遺伝子クラスターはFur (Ferric uptake regulator) という転写因子によって制御されている。

DNAに含まれている情報が遺伝子として機能するためには情報の転写・翻訳というプロセスが必要である。DNAのプロモーター領域に結合したRNAポリメラーゼは塩基配列の情報を転写して、それをリボソームで翻訳し、蛋白質合成プロセスに置換している。これが分子生物学でいうところのセントラルドグマである。

大腸菌のような原核生物では微量元素、すなわち各金属イオンに特異的に応答するシステムが確立されており、Furは細胞内の鉄濃度をモニターして遺伝子クラスターのプロモーターを制御している。つまりシデロフォアとその外膜レセプターもFurによる構造遺伝子の情報転写によって生合成されているのである。

しかしメスバウアー実験ではシデロフォアを合成しても鉄イオンを吸収することはできなかった。はたしてそこで何が生じたのだろうか?

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2018/06/12

主要元素と微量元素

生物が生存のために必要とする生体必須元素には主要元素と微量元素がある。主要元素はH,C,N,O,P,S,Na,Mg,K,Caといった比較的軽い元素が中心であり、DNAやアミノ酸、蛋白質の成分を構成したり、細胞内外のイオンとして様々な役割を担っている。ちなみにケルヴランが元素転換の対象としていたのもカルシウムまでの生体必須元素であり、これはドクターの研究との大きな相違点と言えるだろう。

それに対する微量元素にはV,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Mo,Wなどがあり、遷移金属が多く含まれている。メスバウアー実験ではMn+d=Feという反応が確認されているが、他の微量元素も同様の元素転換反応を生じている可能性もある。この点についてはメタロミクスの観点から将来的にアプローチすることができるかもしれない。

微量元素としての鉄の役割については先述のとおりだが、こうした微量元素は特定の濃度範囲で有効に作用するので、微生物は細胞内の鉄濃度を常にモニターして緻密な制御を行なっている。

もし細胞内の鉄濃度が危険水域まで減少すると、微生物はシデロフォアという化学物質を合成するようになる。このシデロフォアは外部環境の鉄イオンを取りこむために分泌されるものだが、鉄イオンをキレート錯体として吸着し、細胞外膜のレセプターと結合して送りこむ役割を担っている。

シデロフォアは官能基の種類によって(1)カテコール型(2)ヒドロキサム酸型(3)α-ヒドロキシカルボン酸型に分類されるが、三種類しかないということではない。これまでに500種類以上のシデロフォアが発見されており、微生物によって異なる化学構造のシデロフォアが産生されている。

なぜこれほど多様化したのかという原因は、地球と生物の歴史をひもとく必要がある。
鉄には2価のイオンと3価のイオンがあるが、原始地球の海洋には水溶性のFe2+が豊富に溶けこんでいて生物はそれを自由に利用していた。ところがシアノバクテリアによって酸素が増加していくと、Fe2+は酸化され、不溶性のFe3+として沈殿するようになった。そこで土壌に含まれるFe3+を奪いあうようになった微生物は自分だけが吸収できる化学構造のシデロフォアを合成するようになり、細胞分裂に必要な鉄分を確保するようになったのである。

こうしてみると鉄の歴史は生物の闘いの歴史であり、進化とは環境の変動に対する適応以外の何ものでもないことが理解されるだろう。

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2018/06/03

鉄の星に生まれて

メスバウアー実験によって鉄が生成されたということは、生物にとって鉄が必要不可欠な存在だからである。

地殻に存在する元素の存在比を示す指標としてクラーク数というものがあるが、鉄は酸素、珪素、アルミニウムに続いて4番目に多い元素である。マントルや地球の中心核にも鉄が含まれていると推測されているので、もしかすると地球最多の金属といえるかもしれない。そのように普遍的に存在する元素に適合する形で、生物のシステムが形成されていったと考えても不自然ではない。

鉄は遷移金属の中でもイオン化傾向が高く、非常に反応性に富んだ元素である。原始の地球には酸素が少なく、ある種の微生物は鉄呼吸をしていたとされている。私たち人間の体内で鉄分を含む血液が酸素を運搬しているのはその名残りだろう。われわれは酸素を呼吸していると思っているが、実際には体内で鉄呼吸をしているのである。

そのような鉄は生存に不可欠な微量元素の一つだが、血液のヘモグロビンやラクトフェリン、トランスフェリンと結合しているだけではない。鉄硫黄クラスターとして代謝作用を促進したり、酵素の金属触媒としても重要な役割を果たしている。たとえばDNAのパーツを合成する還元酵素、リボヌクレオチド・レダクターゼもその一つである。つまり鉄がなければ生物はDNAの合成も細胞分裂も不可能になるのである。このような鉄と微生物の関係性をさらに詳しく検討していくことにしよう。

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