暗号名はフリタージュ
最近実に興味深い研究を知り、ひそかに注目している。それは東京大学の澤井准教授による粘菌に関する研究である。粘菌というと南方熊楠の研究が有名だが、澤井准教授が研究した粘菌は南方のものとは少し異なり、数十万個の単核細胞が集合した細胞性粘菌と呼ばれるものである。
この細胞性粘菌は、養分が欠乏してくるとそれぞれの細胞がサイクリックAMP(cAMP)という物質を放出するようになり、やがてその頻度が増えてくると中心となる細胞領域から一定周期の信号波としてcAMPの濃度変化が生じるようになる。するとその信号を受けた細胞はcAMPの発信方向へと集合し、胞子(子実体)を形成して別の場所へと移動するというのである。
左の図がそのcAMP振動の発生状態を示すものだが、最初はバラバラな形で生じていたcAMPが次第に集合的な信号に変化し、最終的には6分周期でcAMPを発信する領域が形成されることを示している。
この細胞性粘菌は土壌の中に広く分布しているそうだが、土壌中の微生物がどのような形で相互にコミュニケーションをとっているのかについてはまだほとんど解明されていない。その意味で今回の澤井准教授の研究はその一端を示すきわめて画期的なものだといえるだろう。
ちなみにサイクリックAMPはATP(アデノシン三燐酸)から合成されるもので、それほど特殊な物質ではない。『フリタージュの真実』にも少し記しているが、大腸菌のカタボライト・リプレッションが解除され、ラクトースオペロンが作動するときにもこのcAMPが増加するという。微生物にとってcAMPは生存の危機を知らせる重要な通信手段のようである。
ここで想い出されるのはキエフ・グループのMCTである。様々な微生物が共生関係を構築しているMCTと単一種属の粘菌ではおそらく分子間ネットワークも異なるだろうが、この研究のように活性状態のMCTにおけるcAMP振動の信号形態を調べてみると何か特徴的な発見があるのではないだろうか。澤井准教授も「cAMP振動の周波数には環境情報が記録されている」と述べている。
それではフリタージュ反応が生じるときにMCTの各微生物が共有するcAMP振動にはどのような情報が含まれているのだろうか?そこに含まれる暗号の解読に成功したときに、初めて私たちは人工的にフリタージュ反応を制御できるようになるのかもしれない。
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