オルタナティブの時代
E・アスタフィーバの著作を翻訳しているが、1975年のケルヴランの著作に収録されているO・コスタ・ド・ボーリガーの「ファイナルノート」から引用した記述が見られる。
ボーリガーに関しては『フリタージュの真実』でも若干触れたが、かなり早い段階でケルヴランの元素転換説と接する機会があったようだ。彼はC.N.R.S.に所属する研究者であり、波動力学のド・ブロイの研究室でベルの定理などの量子力学的問題に専心していたという。
ケルヴランの75年の著作は312ページに及ぶ大著なので断片的にしか翻訳していない。ファイルを調べると、この「ファイナルノート」も少しだけ序文を翻訳しているが、アスタフィーバはボーリガーの記述を要約して引用しているので、もう少しボーリガーの序文を訳さないと正確な解読はできない。なかなか難渋する代物である。
ちなみに桜沢が翻訳した『自然の中の原子転換』の13ページには「コント・ド・ブロイーは次のような手紙を私に書いて来た。」とあり、フリタージュ反応に意見を寄せているという記述があるが、これはド・ブロイではなくボーリガーのことである。
原書の11ページには「C.de B.」という名前の略称だけが記されているが、これを桜沢はド・ブロイと勘違いしている。ド・ブロイの名前はルイ・ド・ブロイなのだが、ド・ブロイ卿という意味合いで「コント・ド・ブロイー」としたのだろう。この「C.de.B.」とは当然コスタ・ド・ボーリガーの略である。
ケルヴランの著作にはこのような記述が多い。どうでもいいようなことはくどいほど繰り返すのだが、肝心なことは書かれてなかったり、このように不必要な省略が多々ある。しかし桜沢が翻訳した時代なら不明確なことは本人に確認できたはずだが、それをしていないということは桜沢の薄っぺらな人間性をよく表しているといえるだろう。
知っている方も多いだろうが、ロシアにも常温核融合の研究者が数多く存在する。しかも他の国には例を見ないユニークな研究も数多くある。おそらくは西欧科学の一般的な原子観とは異なる元素観をもっているのかもしれない。
逆にいえば、私たち日本人はこれまで西欧的価値観や世界観を無条件に押しつけられてきたのである。それが現在の憂うべき状況をまねいているといっても過言ではないだろう。
これからの時代は自立の時代である。これまでの世界観や思考回路では乗り切れなくなるだろう。あらゆる局面においてオルタナティブなものが台頭してくるかわりに、古いものにしがみついている者はすべからく淘汰されてゆく。それが時代の必然である。
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