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2008/10/14

想念の結晶

最近のテレビでも取り上げられたが、コップに入れた水に「ありがとう」と語りかけたり、それを書いた文字を見せることによって、その水はきれいな結晶を作るようになるという話がある。これは江本勝とかいう人の「水からの伝言」「結晶物語」という著作の中に記されているもので、学校の道徳教育にも取り入れられているという話である。
この都市伝説みたいな話は以前からたびたび取り上げられており、それを信じる人もいれば否定する人も多いようである。

私自身はその著作を何冊か立ち読みした程度なので明確なことはいえないが、中にはそれを元素転換と結びつけようとする輩もいるらしく、少し困惑を覚えている次第である。

思えばこれまでケルヴランに言及してきた日本人というのは、その研究を正しく理解しているわけではなく、自分の主張を正当化するためにケルヴランを利用しようとした人間がほとんどである。その意味では日本人の大半がケルヴランを二重の意味で誤解しているといえるだろう。
せめて私の翻訳書を読んだ方々は、そのような人々の言説に踊らされることなく、彼らの言葉の奥にあるものを見ぬく見識をつちかって頂きたいと願う次第である。

「ありがとう」という言葉の波動、あるいは言霊のエネルギーが結晶の形成にどのような作用を及ぼすのかは知らないが、少なくとも江本氏の著作に掲載されている写真がどのような方法で撮影されたのかを示す情報は見当たらなかった。

水に限らず、結晶の形成にはその骨格となる単位格子というものが存在する。
たとえば雪の結晶はきれいな六角形だが、なぜ六角形になるのかおわかりだろうか?
詳しい理論は別にして、これは基本となる単位格子が対称的な六方形態をとっており、その各結晶面の成長速度に格差が生じるためである。これには結晶する温度環境などのファクターが関係しており、それによって様々な形の雪の結晶が生まれることになる。

また時計の発振体に使用されるクオーツは水晶の結晶体だが、現在クオーツ時計に使用される水晶は全て人工的に合成されたものである。これは天然の水晶では一部の結晶面の成長速度が遅いためであり、合成されたクオーツは天然の水晶とは似つかぬ棒状や板状に形成されている。

私が目を通したかぎり、江本氏の著作にはこのような結晶学の基本概念すら見当たらなかった。それゆえステファーヌ・エニン風にいえば、「このような研究は検討することさえ値しないと私は考えるものである。」

もちろんそれを信じようと信じまいと個人の自由ではある。おそらくそれに興味を引かれる人々はその奥にある世界観、すなわち全ての存在が響きあう愛と調和に充ちた世界を夢見ているのかもしれない。
それはそれで構わないが、そのような共同妄想が自己増殖していく様相こそ「想念の結晶化した」見えざる現実といえるのではないだろうか。

Oct14191 ちなみにこの二つの写真は、通常の水と活性化したMRETウォーターを分散染色法で撮影したものである。「水からの伝言」の信者ならどちらの結晶がMRETウォーターのものであるかを即座に判別することができるにちがいない。

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