知の営みの在り方
農学アカデミーの資料を読み解きながらゲゲンと議論を重ねるうちに、それまで別個の存在と思われたものが私の中でひとつにつながってくるようになった。アカデミーでの幾多にわたる論争と「レゾ・プレザンテ」における批判、ケルヴランが元素転換を示唆したP・ラルボーの実験とL・ゲゲンの反証実験、そして対立するINRAの農学者と生物学的農法の団体・・・。これらの事象は決して個別に存在していたのではなく、そこには常に鍵となる人物が関わっていた。その一人がケルヴランであり、また農学アカデミー第5部会のメンバーであった。
ゲゲンは激しい言葉でケルヴランを論難しつつも、私が構想していた本の制作に強い関心を示していた。そしてアカデミーの図書館で当時の資料を調べるなどの協力を惜しまなかった。思い返してみると、私とゲゲンとの関係は奇妙なものかもしれない。あれほど激しい議論を交わしたにもかかわらず、その過程で不思議な絆のようなものが生まれつつあったのだから。
そして全てを語り終えた式部官は次のような言葉を残した。「あなたの客観性を信頼している・・。」
その言葉はいまも胸に刻んでいる。
当初、私はケルヴランが公表した論文をまとめた資料集を作ることを考えていた。ある意味では無機質だが、フリタージュ研究の資料として客観的に価値のあるものを作ろうと思っていた。
ところが、いま最終チェックを行なっている新しい著作はおよそそれとはかけ離れたものになってしまった。
それは一人の錬金術師がその暗黒時代をいかに闘ったかを主軸として、科学という知の営みの姿を問いかけるものと言えるかもしれない。
内容としてはケルヴランを初めとしてバランジェやツンデルの研究なども紹介されているが、そのようなフリタージュ研究を超えた「真実」に、多くの人は少なからぬ驚愕を覚えることになるだろう。
そして他人の言葉一つに道をさまよう人は、この本を読まない方が良いかもしれない。いったい誰の言葉を信じればよいのかわからなくなってくるからである。
妄信盲動で悟りが開けるのであれば修行も瞑想も必要はない。自らの内に問いを深めることこそが重要なのである。
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