真理か、真実か?
『生物学的元素転換』の後書きで、私は「否定するにせよ肯定するにせよ、最後まで傾聴する姿勢」を強調している。したがって、仮にL・ゲゲンの実験がいかなるもくろみに基づいているにせよ、その内容はあくまで客観的に捉えなくてはならない。
ちなみに『生物学的元素転換』を読まれた方なら、この発芽実験がフリタージュの定番であることはすでにお気づきだろう。フォーゲルはクレソンの種子を発芽させて硫黄の変動を確認しているし、P・バランジェはソラマメの発芽において燐の減少とカリウム、カルシウムの増加を確認している。
エニン報告の中でゲゲンは、レンズマメの種子100個を一組として10ロット用意し、そのうち5ロットを発芽させずに分析し、残る5ロットを発芽させたあと定量分析している。以下にその分析値を掲載する。
上記の表が発芽していない種子のもので、下の表が発芽した実生の分析値である。
ゲゲンの論点は、発芽した実生における各元素の変動は発芽していない種子の含有元素の個体差を超えるものではなく、したがって有意な変動とは認められないとするものである。この数値からみると、たとえば実生では燐が0.1mg増加しているが、種子におけるその個体差は±0.68mgであり、これは有意な変動とはいえないというゲゲンの論理にも一理はある。
その意味ではゲゲンの実験では元素転換は確認されなかったともいえるわけだが、この実験には少しおもしろい所がある。
ゲゲンは各ロットの種子の発芽にエヴィアン水を使っている。このエヴィアン水122mlにはカルシウム9.11mg、マグネシウム2.76mg、カリウム0.13mgが含まれている。この塩基バランスは初期肥料としても悪くないものだが、不思議なことに発芽した実生の中で増加しているのはマグネシウムがわずか0.03mgであり、カルシウムやカリウムはむしろ減少している。そしてエヴィアン水に含まれていない燐の量がなぜか増えているのである。
すなわちゲゲンの実験による変動はたしかに種子の個体差を超えるレベルではないが、塩化カルシウム溶液を使用してソラマメの発芽実験を行なったバランジェと、各元素について全く正反対の変動が生じているのである。これはいったい何を意味しているのだろう?
ゲゲンとバランジェの培養液に共通するのはカルシウムイオンだが、これは種子の発芽や細胞分裂にも必要なイオンである。しかしカルシウムイオンはある種の酵素を活性するかわりに別の酵素を阻害する作用ももっている。
ちなみに膵臓で合成されるプロテアーゼの一種であるトリプシンはカルシウムの稀薄溶液では活性されるが、その濃厚溶液では逆に阻害されるという。つまりカルシウムの濃度や他のイオンとのバランスによって、発芽した種子の幼根における酵素合成に異なる影響が生じているのではないだろうか?それが統計的な分析データとして反映されている可能性は否定できないだろう。
このような発芽実験は誰もが行なうことのできる簡単な実験である。しかし、その分析に表れる数値がどのようなメカニズムで生じた変動なのかを確定することはかなり困難である。ましてや自然環境においては系全体の定量分析はほとんど不可能かもしれない。
自然界でごく普通に行なわれていることを実験的に検証することは非常に難しい。L・ゲゲンのような機械論的な還元主義者には、そのような複雑性を考慮した実験を策定することは考えつかなかったのだろう。真実は目の前にある。しかし常にそこに真理があるとは限らないのである。
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