« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »

2006/05/25

真理か、真実か?

『生物学的元素転換』の後書きで、私は「否定するにせよ肯定するにせよ、最後まで傾聴する姿勢」を強調している。したがって、仮にL・ゲゲンの実験がいかなるもくろみに基づいているにせよ、その内容はあくまで客観的に捉えなくてはならない。

ちなみに『生物学的元素転換』を読まれた方なら、この発芽実験がフリタージュの定番であることはすでにお気づきだろう。フォーゲルはクレソンの種子を発芽させて硫黄の変動を確認しているし、P・バランジェはソラマメの発芽において燐の減少とカリウム、カルシウムの増加を確認している。

エニン報告の中でゲゲンは、レンズマメの種子100個を一組として10ロット用意し、そのうち5ロットを発芽させずに分析し、残る5ロットを発芽させたあと定量分析している。以下にその分析値を掲載する。

May25131

上記の表が発芽していない種子のもので、下の表が発芽した実生の分析値である。

ゲゲンの論点は、発芽した実生における各元素の変動は発芽していない種子の含有元素の個体差を超えるものではなく、したがって有意な変動とは認められないとするものである。この数値からみると、たとえば実生では燐が0.1mg増加しているが、種子におけるその個体差は±0.68mgであり、これは有意な変動とはいえないというゲゲンの論理にも一理はある。

その意味ではゲゲンの実験では元素転換は確認されなかったともいえるわけだが、この実験には少しおもしろい所がある。

ゲゲンは各ロットの種子の発芽にエヴィアン水を使っている。このエヴィアン水122mlにはカルシウム9.11mg、マグネシウム2.76mg、カリウム0.13mgが含まれている。この塩基バランスは初期肥料としても悪くないものだが、不思議なことに発芽した実生の中で増加しているのはマグネシウムがわずか0.03mgであり、カルシウムやカリウムはむしろ減少している。そしてエヴィアン水に含まれていない燐の量がなぜか増えているのである。

すなわちゲゲンの実験による変動はたしかに種子の個体差を超えるレベルではないが、塩化カルシウム溶液を使用してソラマメの発芽実験を行なったバランジェと、各元素について全く正反対の変動が生じているのである。これはいったい何を意味しているのだろう?

ゲゲンとバランジェの培養液に共通するのはカルシウムイオンだが、これは種子の発芽や細胞分裂にも必要なイオンである。しかしカルシウムイオンはある種の酵素を活性するかわりに別の酵素を阻害する作用ももっている。

ちなみに膵臓で合成されるプロテアーゼの一種であるトリプシンはカルシウムの稀薄溶液では活性されるが、その濃厚溶液では逆に阻害されるという。つまりカルシウムの濃度や他のイオンとのバランスによって、発芽した種子の幼根における酵素合成に異なる影響が生じているのではないだろうか?それが統計的な分析データとして反映されている可能性は否定できないだろう。

このような発芽実験は誰もが行なうことのできる簡単な実験である。しかし、その分析に表れる数値がどのようなメカニズムで生じた変動なのかを確定することはかなり困難である。ましてや自然環境においては系全体の定量分析はほとんど不可能かもしれない。

自然界でごく普通に行なわれていることを実験的に検証することは非常に難しい。L・ゲゲンのような機械論的な還元主義者には、そのような複雑性を考慮した実験を策定することは考えつかなかったのだろう。真実は目の前にある。しかし常にそこに真理があるとは限らないのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/05/16

反証実験の謎

1970年2月の「異端審問」から7か月余り後にS・エニンによって提示された資料が手に入った。
『レゾ・プレザンテ』の記述からこれはエニンの個人的な答申と思われたが、驚いたことにそれはL・ゲゲンとM・アレによる「いわゆる生物学的元素転換に関するいくつかの考察」と題する論文で、エニンはそれを農学アカデミーに提出したもののようである。

ゲゲンはその中でレンズマメのいくつかの種子をロットに分け、発芽させたものと発芽させなかったものに含まれる各元素の含有量を分析し、そのデータに基づいてケルヴランの主張を否定する展開を示している。
この会議にはケルヴランもゲゲンも招致されなかった模様で、発言者をみるとノエルアンとラヴォレイ、そしてエニンの三人が短い討議を行なっている。
ノエルアンは一貫してゲゲンによる反証実験を受け入れようとはしておらず、ケルヴランの研究に信をおく姿勢を貫いている。しかし、否定的な文体が続くところからも動揺の色は隠せていないようである。

たしかにゲゲンの実験データをみると含有元素が相対的に変動しているようには見えず、元素転換は生じていないように思われる。しかし、私には少し気になる点がある。
「異端審問」が行なわれたのは1970年の2月、そしてこのエニンの報告がされたのはその年の10月であり、このわずか7か月の間にゲゲンはレンズマメの栽培を行ない、それに含まれる各元素を分析・定量している。あまりにも手回しが良すぎるように思われるのである。

おそらくこれは「異端審問」に出席したエニンの指示によるものだろう。この短い期間にINRAの研究指導官であるL・ゲゲンにこのような実験を行なわせることができるというのは、エニンはかなり顔がきく人物なのだろう。
もしかするとこのエニンは、肥料製造業者や農学団体と何らかのコネクションをもっていたのかもしれない。その要請に応えるためにINRAのゲゲンに働きかけたという可能性も十分にある。

つまり彼らには、化学肥料の普及の妨げになる生物学的農耕法の理論的基盤であるケルヴランをつぶす意図が最初からあったのではないだろうか? ケルヴラン対ゲゲンの論争、あるいは化学農法と生物学的農法の対立という図式の背後にある利権構造に、エニンのような人物が関わっていたとも考えられるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/05/08

論争の時代背景

Agriculture biologiqueとは辞書によると「有機農法」と書かれている。また先日の「フランス語会話」では「自然農法」と紹介されていた。しかし私は『生物学的元素転換』の中では「生物学的農耕法」と翻訳している。

フランスでいうところのAgriculture biologiqueは通常ラウル・レマールとジャン・ブーシェによるブーシェ・レマール法を指すのが一般的らしい。これを日本でいうところの「有機農法」と同一視できるのかどうかは疑問である。またこのフランス語にはR・シュタイナーのバイオダイナミック農法も含まれることがある。安易に有機だの自然農法といった言葉を用いるのは少しく誤解を生むおそれがある。

先日フランスの科学誌『ラ・リシェルシェ』が届いたのだが、その中にはこれら生物学的農耕法を批判する記事が掲載されている。一人はフランス国立農学協会(INA)のC・レゲルで、もう一人は、少し混同しそうだがフランス国立農学研究所(INRA)の研究指導官、L・ゲゲンである。

ゲゲンは『レゾ・プレザンテ』においてケルヴランと論争をしているので理解できるのだが、ケルヴランが連続講演を行なった農学協会の農林技師であるレゲルも反旗を翻し、生物学的農耕法を否定している。こうした点をみると、70年代初頭に起こった異端審問に続く論争は生物学的元素転換に限定されるものではないようである。

つまり、化学肥料の使用を通じて農業経営の合理化をめざす体制派と、シュタイナーやブーシェ・レマール法を通じて健全な農業活動を行なおうとしていた反体制派のグループとの対立の図式が根底にあると思われる。そして体制派が目を付けたのが、もっとも標的にしやすいケルヴランの元素転換説だったのである。

このような状況は過去の日本にもあった。政府が勧める化学肥料の普及に対してヤロビ農法やミチューリン農法などをかつぎ出すセクトが現れたのは歴史の事実である。そしていまや名前を聞いただけではわからないような、ありとあらゆる農法がはびこっている現状がある。

もちろん当時のフランスでも政治的・経済的な問題が絡んでいただろう。そして反体制派に担ぎ出されたケルヴランは不毛な論争に巻き込まれることになったらしい。

そうした時代背景のドキュメントも興味深いが、本質的な問題点を踏まえた上でその対立の構図を読み解いていかなくてはならないだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »