2018/02/23

気持ちが大事。

2月11日、私は新宿に向かっていた。今回ドクターはANPB-2018という学会に招待されて来日するのだが、それに合わせて七沢研究所との会合、そして第3回フリタージュ会議を開催することが目的である。

Anpb2018 ANPB-2018 (アジア原子力会議)は今回で6回目ということだが、新宿のヒルトンホテルで開催される。ドクターは招待されているので、ヒルトンホテルに宿泊するが、私は近くのホテルローズガーデンに予約を入れていた。

新宿駅からかなり歩いてホテルローズガーデンにたどり着いたのはPM4:00過ぎのことだった。ドクターは12日に羽田に着くということなので、ホテルでしばらく休憩してから、ヒルトンホテルの場所を確認しに行った。ローズガーデンからヒルトンホテルの距離は10分ほど歩いた場所にあった。

ヒルトンホテルの場所を確認したあと、ホテルに戻るときに信号待ちをしていたところ、「エクスキューズミー」と声をかけられた。振りむくと中国か台湾の家族連れがいて、店を探しているという。そこでスマホで検索してみると、すぐ近くにそのお店はあるようである。もしかしてと思ってビルに近づいてみると、そのビルの地下にお店の表示が見つかった。

声をかけてきたご主人は「サンキュー」と感謝してくれ、その家族連れのお婆さんは手を振ってくれた。国どうしはいろいろあるけど、人に喜んでもらえるのは嬉しいなと久しぶりに感じた瞬間だった。

それにしても日本人どうしは言葉が通じるのに、どうしてこうも無関心であろうとするのか。言葉が通じなくても気持ちの通じる体験がしたいものである。


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2018/01/25

第3回フリタージュ会議

来月のドクターの来日に合わせて第3回フリタージュ会議を開催する予定である。概要は以下の通りである。

日時 平成30年2月17日(土)PM12~17時
場所 ハロー貸会議室 新横浜 7F-A

参加費は無料だが定員は40名なので、参加予定の方は早めにご連絡頂ければ幸いである。

会議の内容は生物学的元素転換とMRETウォーターに関する講演をパワーポイントで行ない、その後参加者の皆さんの質疑応答とディスカッションを行ないたいと考えている。

なおこの会議室は無人会議室のため、予定時間の10分前からしか入室できない。私たちもそれから準備を行なうので、実質的には12時30分頃から開始することになるだろう。

横浜はドクターと私が2005年のICCF-12で初めて会った場所でもある。それから13年後に一緒にフリタージュ会議を行なうことになるとは、ある意味感慨深いものがある。

志をもつ方に私たちの活動を見届けて頂ければ幸いである。

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2018/01/12

ANPB-2018

2月12-13日にかけて東京でANPB-2018(アジア原子力会議)が開催される。ドクターはこの学会に招待されており、そこで講演を行なう予定である。

http://stratcoms.com/6thAsianBriefing18/

場所は西新宿だが、ドクターは12日の朝に来日して13日の昼に講演を行なうようである。私も同行する予定だが、学会自体に参加するつもりはない。ただし、ドクターからは翻訳した著作を現地販売したらどうかという話をされているので、例によってこの学会に潜入してドクターの講演を視聴しようと考えている。

学会の次の日には七沢研究所を訪問して研究開発に関する会合に参加する予定になっているので、スケジュール的にあまり余裕はないが、16日には再び東京に戻る予定であり、もし時間があればフリタージュ会議を行ないたいと考えている。ただし、ドクターの帰国便の予定がまだ決まっていないので、これも今のところ検討段階ではある。

しかしANPBにおける13日の講演以降の午後には時間があると思うので、もし上京することが可能な方がいるようなら、そこでドクターと懇親会のようなものを開くことは可能だと思う。これについて志をもつ方からのご意見を伺うことができれば幸いである。

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2018/01/02

シューマン波細胞工学

昨年私はMRETウォーターの研究書として『MRETウォーター・サイエンス』を完成させた。この著作はヴィソツキー博士の長年の研究成果をまとめたものだが、ドクターとは別に私は独自の実験を行なった。それはシューマン波による植物の栽培実験である。

現在も研究を継続しているので実験の詳細については公表を差し控えるが、シューマン波を照射して栽培した植物は他の植物とは異なる成長状態を示していた。その実験結果から示唆されることは、シューマン波は生体組織に対して少なくとも細胞レベルの影響を与えているということである。

ドクターの研究はシューマン波によって生成された活性水が生体組織に与える影響を様々な研究領域において調査したものであり、シューマン波による直接的な影響を評価したものではない。

これまで私たちはシューマン共振を「地球の脳波」と表現して、生物の進化に影響を与えてきたという言葉を無前提に受け入れ、理解していたつもりになっていたのかもしれない。しかしそれを裏付ける可視的・定量的なデータはこれまで存在しなかった。

様々な研究文献を調べてみたが、今回私が行なったような実験は誰も行なったことがないようである。そうするとこの実験結果はシューマン波による細胞レベルの影響を示す世界初の成果といえるのかもしれない。

今後の課題はそのメカニズムの解明だが、まずは植物がシューマン波を電磁波として認識しているのか、それとも光として受容しているのかを確認する必要がある。その上でシューマン波の細胞レベルの作用を包括的に研究していくべきだろう。そしてこれは微生物の発酵作用などにおいても確認することができるかもしれない。

そのような形で研究を進めることができれば、シューマン波による細胞工学という分野を確立することが可能になるだろう。そして遺伝子組み換えや放射線よりも安全な形で細胞の反応制御を行なうことができるようになれば、人工進化の可能性も視野に入るようになるのではないだろうか。

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2017/12/13

上野から羽田へ

11月26日、案の定眠れないまま朝を迎えた私は、ドクターのチェックアウトに合わせてAM10:00にホテルに迎えに行った。弟とは11時に上野駅で会う約束だった。そこで駅で荷物を預け、上野公園で時間をつぶすことにする。上野公園には今回初めて立ち寄ったが、紅葉がきれいに色づいていて落ち着ける場所だった。

弟から駅に着いたというメールが届いたので上野駅の中央改札口に行ったが、どこにも姿はない。メールをチェックすると上野公園に向かったようで、どうも行き違いになったらしい。下手に動かないほうがいいと思ったのでクリスマスツリーの所で待っているとようやく弟が現れた。

ドクターは弟のことを覚えていて、5年前と同じように三人でスカイツリーに向かうシャトルバスに乗りこんだ。スカイツリーに着くと4Fのテラスで少し写真を撮って、天望デッキに向かうエレベーターに乗った。天気は良かったが、天望デッキからの眺望は少し白くかすんでいて富士山はわずかにわかる程度だった。しかしドクターは都会の眺望をけっこう楽しんでいて、パンフレットを見ながら確認していた。

そこそこ歩き疲れた私たちは天望デッキのスカイツリーレストランで休憩を取ることにした。ドクターはオレンジジュース、私はアイスカフェラテ、弟はアイスコーヒーで、サンドイッチを一皿注文してみんなで食べようとしたのだが、二人ともいらないというので私一人で完食した。

弟と相談してスカイツリーの後は浅草寺に向かった。隅田川を越えて駅に着いて歩いていくと、意外なことに昨日七沢研究所のスタッフと歩いたところである。昨夜はコートをホテルに置いてきたので寒い思い出しかない。弟はどんどん先に歩いていくので姿を見失ってしまい、ドクターと二人きりで境内に入った。日曜日なので人出も多く、落ち合えないと思ったので、弟には駅で待っているように伝えた。浅草も今回初めて来たのだが、昨夜の一件があって心から楽しめない自分がいた。

浅草から上野に戻って荷物を引き取ると、ドクターは一人で羽田まで行くという。しかし話を聞くと路線もよくわかっていないようなので京急蒲田駅で羽田行きの電車に乗せて見送ろうという話になった。電車を乗り継いで京急蒲田駅に着くと、ドクターを電車に乗せて手を振った。これで何とか無事に今回の旅も終えることができたと安心した。あとは扉が閉まり、発車するのを待つばかりである。

そのときだった。振りかえると上を見上げていた弟が手を振った。「ドクター !」私はとっさにドクターに電車から降りるように促した。途端に発車のベルが鳴り響く。驚いたドクターの後ろでドアが閉まると弟が指さした。発車したのは羽田空港行きではなく、新逗子行きの電車だった。

「最後に来たか。」今回の旅の流れを見て気をつけてはいたが、危うくドクターの姿を見失うところだった。そしてドクターを羽田行きの電車に乗せて、ようやく旅の締めくくりをすることができた。

今回の旅を終えて思うことは、人は流れを変えることはできないが、タイミングを調節することで最悪の事態を回避することができるということである。そして厳しい状況に陥ったときには必ず救いの手が差し伸べられるということも。

だが今回のようにすきを突かれるということは、まだ私のどこかに甘さがあるということかもしれない。その点はしかるべく反省し、精進すべきだろう。

私は旅が嫌いなわけではない。しかし目に視えないものとの闘いが、ときに辛く感じるだけである。

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2017/12/08

イベントの顚末

11月24日、この日はAM10:30からホテルのロビーで七沢研究所のスタッフとのミーティングが行なわれた。ドクターに研究開発を依頼する内容だったが、日本とは異なりロシアやウクライナではわりと契約書の文面を重視する傾向があり、綿密な協議が行なわれた。

昼食を取ったあとは七沢研究所に移動して、さらにプロジェクトの詳細な検討が行なわれ、本契約の締結に至った。その後は明日東京で行なわれるイベントに関する打ち合わせがあり、夕方には再びホテルに戻ってスタッフの方々と夕食を共にした。

11月25日、AM10:00にホテルをチェックアウトし、私たちは甲府から上野に向かった。上野駅に着くとまず予約していたホテルに向かうが、案の定なかなか見つからない。さんざん歩き回った末にようやくドクターのホテルを見つけてチェックインの手続きをして、次に数百メートル離れた私のホテルに向かった。その後、私たちは七沢研究所のイベント会場を目指して歩いていくが、なかなかの距離があった。

イベント会場に着くと講演関係者であることを伝えて中に入れてもらい、今回一緒に講演を行なう久保田博士やスタッフの森田氏と合流した。久保田昌治博士はウォーターデザイン研究所の所長であり、活性水や機能水に関する研究のオーソリティーである。夏にお会いしたときにはあまりお話できなかったが、久保田博士はドクターの研究に強い関心を持たれていた。すでに『MRETウォーター・サイエンス』を七沢研究所からもらっていると思っていたが、読まれていないようなので持参していた二冊を差し上げた。

夕方になって私たちの講演は始まったが、どちらかというとパネルディスカッションのような形でそれぞれがコメントしていき、「水・ミネラル・元素転換」というテーマが語られた。さすがに1時間では本質的な議論は難しかったが、私たちなりの役割は果たせたと感じている。

イベント終了後は久保田博士と森田氏を初めとするスタッフの方々と夕食を共にしたが、ドクターはイベント会場で遅い昼食をとったためにあまり食が進まなかったようである。

夕食後にドクターは自分のホテルに戻ったが、私は別のスタッフと合流して二次会に行く流れになった。そこで終わりかなと思ったのだが、今度は浅草に移動して三次会が始まった。彼らにしてみれば会社のイベント終了後の打ち上げかもしれないが、私は明日ドクターを送らなければならない。適当に話を合わせてはいたが時間だけが気がかりだった。

ホテルに帰り着いたのはAM1:30だった。明日のことを気にしながらもまどろむ意識は沈潜していった。

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2017/12/04

成田から甲府へ

成田山からホテルに戻ると少し休憩をとり、6時から夕食を取ることにした。ところがホテルの1Fにあるレストランは今夜は貸切だという。仕方がないのでフロントでパンフレットをもらい、成田山の参道にあるsushi-SAKURAに行った。ここは寿司料理がメインのようだがカフェバーのような店構えである。私たちは炙り寿司セットとアサリの味噌汁、デザートにハチミツ入りのバニラアイスを堪能した。

ホテルに帰ると私は羽田から出国するために上野駅周辺のホテルを探した。しかしあいにく土曜日で空きがなく、近くのホテルに別々に泊まる予約を入れた。

ドクターの出国は日曜の深夜なので、夕方までは上野周辺で観光しようと考えていた。横浜に住んでいる弟に連絡すると合流できるという。弟は神奈川県警や皇宮警察に務めていたので東京の地理には詳しい。そこで5年前と同じように上野駅で待ち合わせて東京スカイツリーに行くことにした。あの時は仙台に行ってフリタージュ会議を行なう予定があったので、スカイツリーの展望フロアに昇ることはできなかった。今回はそのリベンジである。

11月23日、ホテルのレストラン「ステラ」で私たちは朝食を取ったが、窓の外はかなり雨が降っていた。私は近くのコンビニでビニール傘を買い、AM10:00にホテルを出発して甲府に向かった。

おそらく雨はじきに止むだろうと考えて、私は上野から静岡経由で甲府に向かうことにした。遠回りにはなるがドクターに富士山を見せたいと思ったのである。予想通り、静岡に着いたころには雲一つない快晴になり、私たちは甲府へと向かう身延線に乗りこんだ。私はドクターにゼムリアの本を見せて、いろいろと話をしながら窓の外の富士山を眺めていた。

甲府に着いたのは午後4時ごろだったが、ホテルにチェックインした後、周辺を少し歩いてみることにした。ホテルには中華やフレンチのレストランがあるが、ドクターは和食が好きなのでスマホで見つけたそば屋に行ってみた。ところがそこは休みだったので近くの台湾料理店に入ることにした。

ここではドクターの研究の経緯についていろんな話を聞くことができた。フライシュマンとポンズの常温核融合の研究を知ったドクターはそれが生体組織でも可能ではないかと考えたという。そして1992年から元素転換の研究を開始したが、このときすでにケルヴランの研究は知っていたそうである。そうするとドクターの研究活動は今年で25周年ということになる。ケルヴランの著作は1960年から1983年なので、ドクターのほうがケルヴランより研究のキャリアは長いといえるだろう。

現在、私は元素転換に関連するメタボライトの調査をしているが、ドクターもそれに関しては以前から注目していたらしい。おそらくこれはゲノムレベルのフリタージュ研究にもつながるはずである。

ホテルに帰る道でふと空を見上げると、甲府の空に冬の三日月が鋭い輝きを放っていた。

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2017/11/30

波乱の予兆

11月21日、私は電車を乗り継いで成田に向かっていた。次の日に来日するドクターを迎えるために。

私は旅が嫌いなわけではない。しかし小汚い都会の雑踏はどうも好きになれない。できれば風情のある田舎のほうが好きなのだが、ドクターの来日なら仕方がない。覚悟して臨むまでである。

11月22日、この日のAM9:45にドクターの搭乗した飛行機が到着すると聞いていたので、私は成田空港に向かった。成田空港にはターミナル1とターミナル2があるが、どちらに到着するかははっきりしていなかったので、とりあえず手前のターミナル2に向かった。ターミナル2の国際便到着ゲートに行くと、フライトボードにAM9:45のイベリア航空便がすでに到着していた。通関に1時間ほどかかると聞いていたので、そのうち出てくるだろうと気長に待つことにした。

ところが11時半が過ぎてもドクターはゲートから姿を見せなかった。出てくるのは後続の便の乗客らしくヨーロッパ系ではない。何かがおかしいと気づくのに時間はかからなかった。

ドクターの行動パターンを考えると、到着ゲートから出て下手に動くことは考えられない。そこで構内アナウンスをかけてもらったが一向にドクターの姿は見えないし、第一気配が感じられない。

このままここにいても無駄だ。そう思って一旦ホテルに戻ることにした。ドクターを迎えに行くだけだと思ってスマホや携帯は置いてきたが、ホテルに戻ると案の定、ドクターと七沢研究所から連絡が入っていた。それによるとドクターはターミナル2ではなくターミナル1で待っているという。

私はエレベーターでスマホを操作しながら、もう一度空港に向かった。ターミナル1の待合室にいるドクターを見つけたのは午後1時過ぎのことだった。
ドクターもパソコンからメールを送っていたが、私の返信はチェックしていなかったようである。ともかく最初の段階から今回の旅は波乱の兆候を暗示していたらしい。

ホテルのチェックインを済ませると、少し休憩して3時から成田山に行くことにした。夏は祭りの最中だったのでなかなか前に進めなかったが、今回は人通りも少なく、落ち着いた風情が感じられた。この時にドクターはデジカメを持っていなかったので、帰国するときにまた立ち寄ろうと何気なくいうと、羽田から帰国するからそれは無理だという。
「羽田?」

私はてっきり成田から帰国するものと考えてホテルの予約も済ませていた。羽田となると、これからホテルを探さなければならない。旅はまだ始まったばかりだった。

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2017/11/13

フリタージュ・ゲノムと共生進化論

原核生物の細胞融合から真核生物への共生進化が始まったことは今日の生物学においてもほぼ定説になっている。しかし現代の進化論においてもまだ解明されていない最大の謎がある。それはどの細菌とどの細菌がどんな形で共生関係を構築して、複雑な真核細胞の原型を作り上げたのかという問題である。

これに対して現代の生物学者は様々な仮説を提起している。比較的主流とされるものは「水素仮説」と呼ばれており、これはミトコンドリアの祖先のαプロテオバクテリアとメタン菌が細胞融合したというものである。しかし好気性のαプロテオバクテリアと嫌気性のメタン菌がどのような環境で共生関係になったのかは不明であり、また真核細胞にメタン菌のゲノムが残っていないという問題点もある。

この水素仮説以外にもエオサイト説やネオムラ説、TACK説、「生命の輪」といった仮説も提起されているが、いずれも同様の問題点を抱えており、この進化論最大の謎は解明には至っていない。

ここでフリタージュと進化の歴史を思い出してもらいたい。原核生物も真核生物も同様に元素転換能力をもっていることはドクターの研究によって証明されている。つまり生命の進化の歴史の中でフリタージュ反応をコードしているゲノムは失われずに残っているである。

私たちにはビタミンCが必要であるにも関らず、ビタミンCを体内で合成することはできない。それは私たちの先祖がビタミンCを含む果実を容易に入手できる環境にいたため、ビタミンCを合成するDNAが機能しなくなったためだとされている。ところが元素転換反応は原核生物・真核生物、あるいは嫌気性微生物でも好気性微生物でも発現している。それはこの反応を制御しているDNAが存在しているからである。

このDNAを仮にフリタージュ・ゲノムと呼ぶなら、おそらくそれは進化の過程の中で連綿と受け継がれてきたと考えてよいだろう。つまりこのフリタージュ・ゲノムを解読して、各微生物の遺伝子地図と照合すれば様々な仮説は自然と淘汰されてゆき、おそらく真核細胞の形成プロセスを確定することができるはずである。

このようにフリタージュ研究は単に元素転換反応だけではなく、生命の進化の歴史を解明する鍵にもなりうるのである。

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2017/10/26

ヴィソツキー博士の来日講演について

唐突ではあるが、来月の下旬にドクターが再び来日する予定である。

今回の来日は、昨年の講演会でお世話になった七沢研究所とのタイアップの関係だが、これに合わせて七沢研究所のイベントでドクターの講演を行なうことが予定されている。

今回の講演は七沢研究所のイベント内の一つの企画なので、水に関する研究がメインテーマになると思われる。そのため、元素転換に関する話は時間的にも少ないかもしれないが、ドクターの講演を直接聴く機会も貴重である。関心のある方は以下のサイトの「注目21」を参照のうえ、参加を検討して頂ければ幸いである。

https://logostron.com/user_data/logofes171125.php

なお詳細についてはまだ未定の部分もあるが、何か確認したいことがあれば当方までご連絡いただきたい。

昨年の講演会では質疑応答の時間がとれなかったのが残念だが、今回はぜひ皆さんといろんなお話ができることを願う次第である。

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