2018/05/18

フリタージュの公理

1989年のM・フライシュマンとS・ポンズの常温核融合の発見に啓発を受けたドクターは、同僚の物理学者R・N・クズミンと固体結晶におけるコールドフュージョンの研究を開始した。そして1991年の国際会議でそこにおける重水素の異常な作用について報告している。

Block_image_2_1_4すでにケルヴランの研究を知っていたドクターは同様のプロセスが生体組織でも生じているのではないかと考えた。そこでモスクワ大学のA・A・コルニロバ博士、ガマレヤ研究所のI・I・サモイレンコ博士の協力の下に生物学的元素転換の研究を本格的に進めるようになった。その成果は数々の論文や『生体系における同位体の元素転換と核融合』に収録されている。フリタージュ反応を包括的に理解するには、まずドクターがこれまでに行なった研究を精査する必要がある。

比較的初期に行なわれた研究の一つとして、マンガンから鉄57が生成される元素転換実験がある。この実験は一見思いつきで行なわれたように見えるが、実際は綿密に検討されたプロトコルに基づいている。

鉄はあらゆる生物が必要とする微量元素でありながら生体内で合成することはできない。また鉄57は常温でメスバウアー効果を生じる稀少な同位体である。ドクターはキエフ大学在学時にV・I・ヴォロンツォフ教授の指導の下にメスバウアー効果をテーマとする修士論文を提出しており、メスバウアー分光法には精通している。従ってこの実験データは非常に信頼性が高いと考えることができるのである。

このメスバウアー実験で注目すべきことは、酵母・大腸菌・放射能耐性菌といった異なる種類の微生物が使用されており、転換効率は異なるが、いずれもMn55+d2→Fe57というフリタージュ反応が検出されているということである。

酵母は通性好気性の真核生物、大腸菌は通性嫌気性の原核生物、放射能耐性菌は好気性の真正細菌である。もしこれらの微生物が同じ元素転換反応を生じているとすれば、次のような公理が導き出されることになる。

「フリタージュ反応は細胞の構造や分裂形式、呼吸形態等に依存しない普遍的な反応である」

はたしてこの公理は本当に正しいのだろうか?その答えを求めてさらに問いを深めることにしよう。

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2018/05/13

フリタージュ研究の深層

第3回フリタージュ会議ではドクターの講演に加えて私個人の見解も補足的に解説したが、参加者の方には少し難しい印象を与えたかもしれない。しかしそろそろ次の段階に歩を進めるべきだろう。私たちは他の追随を許さないレベルまでフリタージュの本質を追究しなければならない。

ドクターはこれまで様々な微生物を使用して多岐にわたる元素転換実験を行なっており、その成果は数々の論文や『生体系における同位体の元素転換と核融合』に記述されている。しかしそれらの内容を受動的に読んだだけでは本質的に理解したとは言えない。その研究背景を踏まえた上で、いかなるアプローチが可能なのかを様々な角度から検討する必要がある。

たとえばドクターは大腸菌や酵母、共生培養菌のMCTやメタン菌を使用して元素転換実験を行なっているが、これらの微生物について少しでも調べたことのある人はいるだろうか?私は誰一人いないと思う。

微生物は好気性と嫌気性、原核生物と真核生物、独立栄養と従属栄養など様々な分類方法があり、また真性細菌、古細菌、真核生物といったドメインにはそれぞれの特徴がある。このようなことは微生物学の基礎だが、こうした基礎知識も知らずにドクターの研究を理解したつもりになってもらっても困るのである。

かなり以前の話だが、ある人はサイト上でドクターの研究を「好気性メタン菌による元素転換実験」と紹介していた。残念ながらメタン菌は全て嫌気性であり、好気性メタン菌など存在しない。その人はメタン菌のことも知らず、ドクターの研究内容も理解しておらず、タイトルを間違えて翻訳してさも知っているようなことを書いていた。人間恥を恥と思わなければ、恥をかくことはないようである。

ドクターが使用している微生物について調べると、当然のことながら様々な疑問が湧いてくるはずである。
たとえば大腸菌は嫌気性の原核生物であり、酵母は好気性の真核生物である。原核生物と真核生物は細胞の構造や分裂形式が異なり、ゲノムサイズも遺伝子の転写制御メカニズムにも格段の差がある。それなのに大腸菌と酵母はなぜ同じフリタージュ反応を生じることができるのか?

少なくとも私はこのような質問を誰からも受けたことがない。それはドクターの研究に表面的な関心はもっているが、誰一人としてその本質を真剣に追究する者がいないことの証左でもある。

私たちはもはやそんなレベルの「ごっこ」に付き合っている暇はない。はたしてフリタージュの本質的なメカニズムの解明にいかなるアプローチが可能なのかを今後検討していきたいと思う。

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2018/05/04

水とガラスのメモワール

Glass_pole4月下旬、荒川尚也氏の個展が倉敷で開催されるというDMを受け取ったので、会場のギャラリーに足を運んだ。荒川氏は京都在住のガラス工芸家だが、2年前の個展にも参加していろいろとお話を伺ったことがある。

個展会場のギャラリーに着くと様々なガラス作品が展示されていた。日曜日だったがそれほど人も多くなかったのでゆっくりと作品を鑑賞することができた。荒川氏のガラス作品は、珪砂から可能なかぎり不純物を除去した透明度の高いガラスに特殊な技法で気泡が封入されている。それは流れている水がそのままの形で固まったような流動性と結晶性が感じられる作風である。

久しぶりに荒川氏とお会いして、作品の制作工程やガラスの成分組成・膨張率や徐冷のときの温度管理など興味深いお話を伺った。特に興味深かったのは、荒川氏の知人に日本酒の杜氏をしている人がいて、ガラス瓶から溶け出す微量成分によってお酒の味が変わることがわかるという話だった。

昼下がりのギャラリーでゆったり寛ぎながら、私は水とガラスの相似性について思いを巡らせていた。水が生物界の底流を支えているように、ガラスは鉱物界の代謝作用を司る存在である。水がシューマン共振によってクラスレート構造を形成するように、ガラスも地震波の影響などによって水晶に相転移することもあるのかもしれない。

現に珪素を含むシリコン・クラスレート化合物も存在しているので、水と同じようにガラスも太古の記憶を保持しているのかもしれない。古代の勾玉がガラスで作られていたのも何らかの意味があるのだろう。

Dsc_0002荒川氏との会話からいろんな着想を巡らせたあとにガラス作品を数点頂いて個展会場を後にした。しばらくはその器で杯を重ね、水とガラスの瞑想を深めたいと考えている。

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2018/04/20

銀河系のテレパシー

MRETアクティベーターの発振体から照射される電磁波は地球の電離層に存在するシューマン共振に相当する低周波である。これまでに私はこの人工的なシューマン波による植物の栽培実験をいくつか行なったが、その実験結果はMRETアクティベーターの活性効果から予測されるものとは若干異なる状態を示していた。そこでシューマン共振自体についてもう少し包括的な理解を深めたほうがよいのではないかと考えていた。

シューマン共振に関する情報はインターネットでもある程度調べることはできるが、どれも似たりよったりの内容で裏付けを確認できないものも多い。いろいろと調べた結果、スプリンガー社から出版されている "Schumann resonance for tyros"がシューマン共振に関する最先端の情報を網羅していると思われた。

Photoこの本はウクライナの地質学者、アレクサンダー・ニコラエンコと日本の通信工学者、早川正士博士の共著であり、シューマン共振の観測データや分析資料が豊富に収録されている。著者の早川博士はシューマン共振の異常を観測することによって地震を予知することができるという自論をもっており、この本の中でも台湾で起きた地震に関するデータが掲載されている。たしかに地殻プレートのテクトニック・ストレスがピエゾ効果を生じ、それが電離層のシューマン共振に影響を与えると考えれば理論的なモデルとしては成立すると思われる。

この本の中で示されている重要なポイントは、シューマン波は人間の脳波と同じようにそれ自体で独立して存在しているわけではないということである。具体的にいえば電離層の変化によっても変動するし、早川氏によれば地殻の変動の影響も受けている。また銀河系のガンマフレアによる背景スペクトルの変動も生じているらしい。シューマン波が地球の脳波とするなら、それは銀河系のテレパシーといえるかもしれない。そのようなシューマン共振が生物の進化と成長に対してどのような影響を与えてきたのか、少しずつ理解を深めていきたいと考えている。


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2018/04/06

螺旋は続く

2月17日、私たちは早朝にホテルをチェックアウトしたが、会議室を使用できるのは12時からなので、そのままホテルのロビーで待機していた。ドクターは大学からのメールをノートパソコンでチェックしていた。

11時50分になるとホテルから会議室のあるビルに移動した。昨日確認していたが、歩いて5分もかからない場所にあった。到着するとすでに参加者の方が待っていたので、中に入って会議の準備を始めることにした。その後、次第に参加者の方も増えていき、ビデオ撮影を頼んでいた弟も到着した。

今回利用した会議室は無人会議室なので、プロジェクターやスクリーンを自分たちで設置しなくてはならない。参加者の方にも手伝っていただき、ようやく準備が整った。ところがプロジェクターに接続したドクターのパソコンからモニター出力ができない。ドクターはこれまでにこんなトラブルはなかったというが、しばらくいろいろ試してもやはり駄目である。見かねた参加者の方からパソコンを貸してもらい、ともかくもフリタージュ会議はスタートした。

ドクターのフルサイズの講演も久しぶりだが、内容的にはこれまでに行なったものとそれほど大きく変わった所はない。ただ、今回は時間的に余裕があるため、私としても十分な解説を行なうことができた。しかしビデオ撮影していた弟は、訳のわからない話を延々と英語で聴かされてまいっていたようである。

参加者の方は総じて意識が高く、ドクターの講演内容に対して意欲的な質問が多かったことは印象的である。この点は初心者の多い講演会よりは話がスムーズに進んで良かったと思うが、私としてはドクターの講演だけではなく、元素転換やMRETウォーターについて細かく検討する分科会のようなものができれば理想的だと思われた。

実際、ドクターの研究によって全てが解明されたわけではなく、さらに詳細な考察を行なうべき論点も少なくない。この点は今後の課題として検討すべき所だろう。

フリタージュ会議は16時過ぎ頃に終了した。今回は参加者も10名前後と少なく、また質問も講演の途中に解決していったのでコンパクトにまとまったが、やはりドクターの講演をフルサイズで行なうには5時間確保していて良かったと思われる。

その後、ドクターと私はウォーターデザインの久保田先生と活性水に関するディスカッションを行ない、17時に会議室を退出して新横浜駅に歩いていった。途中で久保田先生とお別れして、私と弟はドクターを羽田空港行きの電車に見送った。思う存分レクチャーしたドクターは上機嫌で帰っていった。

思えば横浜は13年前にドクターと初めて会った所でもある。あれから私たちはいろんな場所を旅して、再び横浜で一緒に会合を開くようになるとは夢にも思わなかった。その意味では一つの螺旋が描かれたようにも感じる。ここから次の螺旋がどのような弧を描いてゆくのか、しかと見届けることにしたい。

第3回フリタージュ会議に参加された皆さんに深くお礼申し上げます。本当にありがとうございました。


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2018/03/30

原宿から横浜へ

2月16日、この日の早朝にホテルをチェックアウトした私たちは新宿駅に向かった。しかしコインロッカーはどこにも空きがなかった。しばらく迷ったあげく、とりあえず原宿まで行ってから荷物を預けることにしようと考えた。

原宿駅に着いても荷物を預ける所がよくわからず、ビルの警備員に教えてもらったインフォメーションセンターで聞くと、そこで荷物を預かってもらえるという。そこで手続きをしているとドクターは受付の女の子とロシア語で話をしていた。彼女はロシアからの留学生だったようである。

原宿には三年前に来たことがあるが、ドクターは初めてだという。そこで私たちは明治神宮に向かった。平日にも関わらず多くの参拝者が訪れていた。

私は人間を祀った神社は個人的には好きではない。人間の世界で高い地位にあったり、名を成した人物なら神仏になれるのか、すこぶる疑問である。逆に言えば、人間にとって神仏とはそのような存在でしかないということでもある。
私はドクターにお賽銭を渡し、何も祈ることなく手を合わせた。

明治神宮に参拝したあと神宮橋で人形のパントマイムを見物して、私たちは竹下通りに向かった。以前に訪れたときには姪っ子たちの買い物に付き合わされて辟易したが、明治神宮とは好対照のスポットである。

ドクターは大学の教授だが、意外とこういう賑やかな場所が好きである。ヒッピーカルチャーだと言っていたが、テンションは高かった。私一人なら絶対訪れなかっただろう。

竹下通りを一周した後に荷物を受け取り、原宿から品川に移動して新幹線で横浜に向かった。新横浜駅に着くとホテルにチェックインして、弟に到着のメールを送った。

新横浜駅で弟と合流すると三人でみなとみらいに向かい、ランドマークタワーに行った。以前に訪れたときは夜だったので夜景が見えていたが、今回は昼だったのでこういう風景だったのかと思った。
ドクターはスカイツリーのときのようにパンフレットを見ながら成田空港や羽田空港などの方向を確認していた。

ランドマークタワーの後には赤レンガ倉庫まで歩いていき、3Fのカフェでしばらく寛いだ。その後、帰り道にドクターは橋の上からランドマークタワーを撮影していたが、弟は撮影ポイントを考えてルートを選択したという。このあたりは私も及ばない所である。

横浜観光を終えると弟と駅で別れてホテルに戻った。明日はいよいよ第3回フリタージュ会議である。

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2018/03/23

職人の流儀

2月15日、この日は11時からホテルのレストランで七沢研究所との会合が行なわれた。しかし会議の内容は難しい展開になった。たとえて言うなら、前に進む気持ちはあるのになかなかタイミングの合わない二人三脚のようなかんじである。

今回ドクターは要請どおり、初期の研究に関するレポートを提示してくれたので、事前協議に基づいて私も効率的な研究開発の方法を提案したのだが、ドクターはあまり納得していない様子だった。議論は平行線をたどり、当面はドクターのやり方を尊重した上で継続協議という形になった。

会合の後にしばらく考えたのだが、ドクターは半世紀近く研究者としてキャリアを積んでおり、研究のスタイルが確立している。いわば伝統工芸の職人のようなものである。まして研究開発は先の見えない特殊な仕事である。いくらビジネスライクに事を進めようとしても、納得のできない仕事はしたくないということなのだろう。

私もフリタージュ職人なので、その点については同意できる。ドクターとは長い付き合いなのにそういう部分に対して配慮が足りなかったかなと少し反省した。

Dsc_0003夕食は先日と同じ和食店に赴き、昨日とは異なるメニューを注文した。明日は新宿から横浜への移動だけなので、新宿御苑でも行こうかと考えていたら、ドクターは代々木公園に行こうという。代々木公園といわれてもピンとこなかったが、明治神宮界隈のことらしい。ドクターは新宿駅に荷物を預けて歩いていこうというので、時間もあるしそれも良いかもしれないと考えた。夕食の帰りには新宿駅前のイルミネーションを撮影してホテルに戻った。

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2018/03/16

新宿のプロムナード

2月14日の朝、ローズガーデンをチェックアウトしてヒルトンホテルに向かうと、ドクターと七沢研究所のスタッフと合流した。

ドクターのチェックアウト後に2Fのラウンジで事前協議を行ない、その後七沢研究所に向かうものと思っていると、業務多忙のためこのまま新宿に留まるという。

私たちはタクシーで新宿駅前のホテルセンチュリーに移動してチェックインした。七沢研究所のスタッフはここで別の仕事に移り、明日このホテルでミーティングを行なうことになった。

ドクターは奥さんの白内障の薬を買いたいというので、ホテルの近くのドラッグストアに一緒に行き、店員に尋ねてみたが、病院の処方せんがないと購入できないという。何とかしてあげたかったが、こればかりはどうしようもなかった。

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新宿駅は通過点としてはよく通るのだが、街中に出るのは30年ぶりかもしれない。私は夕食の場所を探してホテルの周辺を歩いてみたが、なかなか良さそうな店が見つからない。少し裏通りまで足を伸ばしてようやく和食店を見つけたので、6時過ぎにドクターとその店で夕食を取った。帰り際に歩いたホテル前のプロムナードはイルミネーションで輝いていた。

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2018/03/09

不在の地平

2月13日、この日は朝からANPB-2018が開催されていたが、私は10時半頃に会場に赴いた。ドクターから送られていたプログラムを見ても、私たちにはあまり関係のない内容に思われたからである。

私が着いた頃はちょうどコーヒーブレークの時間で、ドクターは一人の日本人と話をしていた。その方は帝京大学の教授だったが、ドクターの研究を熱心に聞いていたのでフリタージュ会議の案内を渡しておいた。この教授は福島の除染に関する研究もされているらしく、昼食のときにも私たちと同席してドクターと話をしていた。

ANPB-2018の会議の内容は、世界各国の原子力業界の現状報告という部分もあったが、第4世代の核反応炉の紹介や原子力企業の事業展開というものがほとんどで、私たちにはほとんど関連性のない話題ばかりだった。

私はなぜこの会議に招待されたのかをドクターに尋ねたが、理由はわからないという。おそらくこの会議の主催者はチェルノブイリのあるウクライナからの参加者を探したが、ウクライナの原子力事業者と接点がなかったので、学界のコネクションを通じてドクターを招待したのではないだろうか。

私は2時半ごろから始まったドクターの講演を動画撮影すると、いったんホテルに戻るとドクターに伝えてローズガーデンで休息をとった。夕方の6時に再びヒルトンホテルを訪れると、ドクターと約束した場所には誰もいなかった。部屋を訪ねてノックしても応答はない。ホテルのスタッフに尋ねてみると、2Fのグリルにディナーの予約が入っているという。そこには会議に参加していたメンバーはいたが、ドクターの姿はなかった。

これでは仕方がないと思って帰ろうとすると、ちょうどドクターが現れた。私はこのディナーには参加できないと思ったので、明日の予定を伝えて再びローズガーデンに戻った。

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2018/03/04

レセプションパーティー

2月12日の昼にはパリ経由で来日するドクターを羽田空港に迎えに行った。羽田空港に行ったのは今回が初めてだったが、前回に比べると比較的スムーズにドクターと合流することができた。

私たちは再び新宿に戻り、高層ビルの写真などを撮りながらヒルトンホテルに向かった。
ドクターがチェックインした後、私はいったんローズガーデンに戻り、近くで夕食でも取ろうと夕方に再びヒルトンホテルに向かった。

ホテルの地下に何軒か和食店があることを確認してドクターの部屋を訪れると、3Fでレセプションパーティーがあるというので私も同行することになった。

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レセプションパーティーでドクターと軽食を取っていると、クリスティーナ・ギレンという女性が話しかけてきた。クリスティーナはロイドレジスター・グループの主席コンサルタントであり、スエーデンの原子力事業の廃棄物処理にも携わっているそうである。
ドクターとしばらく話をしていたが、研究内容を理解したかどうかは不明である。

私はドクターの付き添いなので静かにパーティーの様子をうかがっていたが、エリック・セドラックというアメリカ人紳士が話しかけてきた。名刺を見ると国際弁護士らしい。なぜ国際弁護士がこんな学会に参加しているのか不思議だったが、原子力事業に関する法律は各国によって異なるようで、海外での事業展開についての案件をいくつも取り扱っているらしい。

こういう場では、ともすれば自分のことばかり話してしまう人がいるが、相手と共通する話題を見つけて共感性を高めることが重要である。私は弁護士の業務には詳しくないが、専門用語の翻訳は難しいでしょうと尋ねてみた。エリックは確かにそうだと笑ってくれた。

レセプションパーティーは2時間ほどで終わったが、原子力事業の関係者がほとんどでドクターのような研究者とは全く会わなかった。どうも私が最初に予想していたような学会とは異なる印象である。

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